ハニが漢陽に戻って半月。
山奥の小屋に着いた時は、チラチラと雪が降り、朝目覚めると薄っすらと積もる程度だった。
ここ数日前から本格的に雪が降るようになり、目覚めて外を見ると色い色しか存在しない景色になっている。
ハニを探している間に疎かになっていた仕事の遅れを取り戻すため、週末以外は宮殿に泊まり込んだり、成均館で学生たちに学問を教えていた。
何種類もの煎じた漢方薬をこれまで飲んでいたが、帰脾湯(きひとう)が一番ハニの体調に合うのか、今まで漢方薬でお腹が満たされて食事も摂れないでいたが、この帰脾湯になってからは飲む量が減ったお蔭で食事をするゆとりが出て来た。
時折、腹部に差し込む痛みがあるが、頬もふっくらとし顔色も良くなって来た。
「ハニさん、入ってもいいかしら。」
「お母様・・・・はい・・・」。
横になっていた身体を起こすと、傍についていた侍女のギミがハニの方に羽織を掛けた。
「ギミは下がっていてくれるかしら、ハニさんと二人で話がしたいの。」
ハニが屋敷を出る前に仕えていたギミは、またハニ付きの侍女になれたことを喜んでいた。
「楽にしていてね。」
人がいるとハニは無理をして起きている事で、独りになるとその緊張から解き放たれて気を失うことがある。ペク家お抱えの医師の話では、体力が出てくればそれも改善するので問題はないと言う事だ。
「スンハもスンリも学問の覚えがいいと先生が褒めていましたよ。」
「すみません、女の子のスンハにまで学問をさせてくださいまして。」
「双子ですもの、いくら女の子には必要はないと言っても、ずっと一緒にいたのだから同じことを学ばさせてあげなきゃ。いつか女の子にも学問が必要になる時が来るわ。」
時々射しこむ腹部の痛みに顔をしかめているハニに気が付いたのか、グミはハニが横になる様にハニに手を貸した。
「先生を呼んで診てもらいましょうか?お腹が痛むのでしょ?」
「大丈夫です。先生が処方してくださった芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)をギミさんが先ほど飲ませてくださいましたから。」
好けるほどに白いハニの肌も、ほんのりと色が射し冬なのに春の様な気分になる。
スンジョが行方不明で、その間に何も知らないでいた自分たちが子供を宿しているヘラを嫁に迎えた。
それは、ペク家が悪い方向に向き始めていた事を表していた。
「ハニさん、こうしてあなたが戻って来てくれて、可愛い双子と幸せに暮らし始める事が出来たから話させてね。」
「お母様・・・・・・」
「スンジョには言えない話だけど、ユン家との話が持ち上がった時、占い師に見てもらいに行ったの。代々懇意にしている占い師で・・・・そうね・・・・・300年以上前からのお付き合いなの。その占い師から、この縁談は纏めてはいけないと言われていたの。でもね・・・占いの通りに縁談を無しにすることは出来なくて旦那様にも言えなかったわ。ユン家はペク家の財力と代々王家に仕えると言う権力が欲しいし、ペク家はそんなユン家から欲しい物はないけど断ることの出来ない旦那様だから・・・・・・」
「300年前からのお付き合いの占い師様の言葉に従いたくて従わなかったお母さまの気持ちも察します。」
「そんなにきれいごとでもないの。ユン家の所有している土地は広大で、それを王様が欲しいと言われて・・・・・王家に仕える家としては断る事が出来ないと言う事情なの。」
長い時間起きていることに慣れてきたとはいえ、横になると急激に眠気が襲ってくる。
身体は眠いのに、頭は眠る事よりもグミの話を聞きたがっている。
「300年前からの占い師さんとのお付き合いなんて、とても信頼しているからなんですよね。」
ハニの言葉に悲しい顔をした。
「ペク家の嫁に伝えて行かなければいけない話を聞いてね。」
グミがハニを嫁としてどうしても伝えなければいけない、遠い昔の悲しいペク家の二人の話。
「ペク家、とても明るい娘がいたの。その娘とは生まれた時から仲の良かった使用人の息子とのお話。いつも一緒の二人は成長するにつれてお互いに好意を持ち、互いに身分が違う事があってその想いを伝えられなかった。ある日娘に両班の息子との縁談が持ち上がった時、男の子は報われない恋を自分の心の中にしまう事にしていたの。でもね、女の子は両班の息子との縁談が嫌で、屋敷を逃げ出した・・・・・使用人の息子はきっと手を振りほどいて一緒には逃げてくれないと思っていたけど逃げてくれたの。たった二月だけ2人が夫婦と暮らしていたのだけど、何も苦労をした事のない女の子の荒れた手と、みすぼらしい破れた木綿の着物を着ている姿が不憫で男の子は、女の子に嘘を吐いて親元に行かせたの。男の子は女の子を一生守るつもりでペク家に養子に入り、女の子は両班の息子と結婚。そんな時に女の子は一緒に逃げていた男の子の子供を宿していて・・・・・女の子が生れたらその女の子を養子に出して男の子ならペク家で育てる・・・・・・」
グミは嫁いで来た時に夫の母親から受け取った巻物をハニの手に持たせた。
「その巻物に、悲しい二人の事が書いてあるの・・・・・あまりにも悲しくて私は一度に読めなかったし、ハニさんにいう事はとてもつらい・・・・・二人の名前があなた達と同じでスンジョとハニだから・・・・・」
「お母様・・・・」
「でもね・・・占い師の言った言葉だけを伝えるわ。占いを信じ過ぎた娘の母親が招いた悲劇だ。占いは占いでそうならないようにするためにどうしたらいいのかを助けるだけ。だから私は占い師の出した言葉にすべて従わなかった。遠回りをしたけど、あなたが無事に帰って来たからよかったと思うの。」
「二人は悲しい別れをしたのですか?」
ハニはグミの話を聞いて、自分が親から聞いた話と重なっていることに、もしかしたらスンジョが自分の結ばれるべき相手なのかと思った。
「娘は両班の息子との子供を生んでから女性だけが罹る病気で亡くなったの・・・・まだ20歳にもならないうちに・・・」
やっぱり同じ結末だわ。
お母様に私がスンジョさんの相手と伝えなければ・・・・・
でも・・・どうしてなの
眠いと言うのじゃなくて
力が・・・・・
「ハニさん?眠ったの?」
パタパタと二人の小さな足音がグミの耳に聞こえて来た。
「かあ様!・・・あ・・おばあ様・・・・」
「スンハとスンリ・・・かあ様はお休みになったのよ・・・あら?それは・・・・」
スンハが付けているノリゲと、スンリが付けているソンチェ(扇錘)に気が付いた。
「これはどうしたの?」
「かあ様が私達に下さったの。オ家に伝わる大切なものを双子の私たちが伝えて行くようにって!」
グミは目を閉じているハニの顔を見た。
静かに目を閉じているハニの顔は、巻物に書かれている娘の顔とよく似ている。
「あなたが・・・・・・ペク・ハニの生まれ変わりだったのね。」
偶然にも300年前にペク・ハニが生んだ子供もスンハとスンリと言う女の子と男の子の双子だった。
「また私は伝えられたことを守らずに・・・・・・・・ハニさん、もう苦しくないから・・・・ゆっくりと休んでね。私がこの子達を大切に育てるから。」

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山奥の小屋に着いた時は、チラチラと雪が降り、朝目覚めると薄っすらと積もる程度だった。
ここ数日前から本格的に雪が降るようになり、目覚めて外を見ると色い色しか存在しない景色になっている。
ハニを探している間に疎かになっていた仕事の遅れを取り戻すため、週末以外は宮殿に泊まり込んだり、成均館で学生たちに学問を教えていた。
何種類もの煎じた漢方薬をこれまで飲んでいたが、帰脾湯(きひとう)が一番ハニの体調に合うのか、今まで漢方薬でお腹が満たされて食事も摂れないでいたが、この帰脾湯になってからは飲む量が減ったお蔭で食事をするゆとりが出て来た。
時折、腹部に差し込む痛みがあるが、頬もふっくらとし顔色も良くなって来た。
「ハニさん、入ってもいいかしら。」
「お母様・・・・はい・・・」。
横になっていた身体を起こすと、傍についていた侍女のギミがハニの方に羽織を掛けた。
「ギミは下がっていてくれるかしら、ハニさんと二人で話がしたいの。」
ハニが屋敷を出る前に仕えていたギミは、またハニ付きの侍女になれたことを喜んでいた。
「楽にしていてね。」
人がいるとハニは無理をして起きている事で、独りになるとその緊張から解き放たれて気を失うことがある。ペク家お抱えの医師の話では、体力が出てくればそれも改善するので問題はないと言う事だ。
「スンハもスンリも学問の覚えがいいと先生が褒めていましたよ。」
「すみません、女の子のスンハにまで学問をさせてくださいまして。」
「双子ですもの、いくら女の子には必要はないと言っても、ずっと一緒にいたのだから同じことを学ばさせてあげなきゃ。いつか女の子にも学問が必要になる時が来るわ。」
時々射しこむ腹部の痛みに顔をしかめているハニに気が付いたのか、グミはハニが横になる様にハニに手を貸した。
「先生を呼んで診てもらいましょうか?お腹が痛むのでしょ?」
「大丈夫です。先生が処方してくださった芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)をギミさんが先ほど飲ませてくださいましたから。」
好けるほどに白いハニの肌も、ほんのりと色が射し冬なのに春の様な気分になる。
スンジョが行方不明で、その間に何も知らないでいた自分たちが子供を宿しているヘラを嫁に迎えた。
それは、ペク家が悪い方向に向き始めていた事を表していた。
「ハニさん、こうしてあなたが戻って来てくれて、可愛い双子と幸せに暮らし始める事が出来たから話させてね。」
「お母様・・・・・・」
「スンジョには言えない話だけど、ユン家との話が持ち上がった時、占い師に見てもらいに行ったの。代々懇意にしている占い師で・・・・そうね・・・・・300年以上前からのお付き合いなの。その占い師から、この縁談は纏めてはいけないと言われていたの。でもね・・・占いの通りに縁談を無しにすることは出来なくて旦那様にも言えなかったわ。ユン家はペク家の財力と代々王家に仕えると言う権力が欲しいし、ペク家はそんなユン家から欲しい物はないけど断ることの出来ない旦那様だから・・・・・・」
「300年前からのお付き合いの占い師様の言葉に従いたくて従わなかったお母さまの気持ちも察します。」
「そんなにきれいごとでもないの。ユン家の所有している土地は広大で、それを王様が欲しいと言われて・・・・・王家に仕える家としては断る事が出来ないと言う事情なの。」
長い時間起きていることに慣れてきたとはいえ、横になると急激に眠気が襲ってくる。
身体は眠いのに、頭は眠る事よりもグミの話を聞きたがっている。
「300年前からの占い師さんとのお付き合いなんて、とても信頼しているからなんですよね。」
ハニの言葉に悲しい顔をした。
「ペク家の嫁に伝えて行かなければいけない話を聞いてね。」
グミがハニを嫁としてどうしても伝えなければいけない、遠い昔の悲しいペク家の二人の話。
「ペク家、とても明るい娘がいたの。その娘とは生まれた時から仲の良かった使用人の息子とのお話。いつも一緒の二人は成長するにつれてお互いに好意を持ち、互いに身分が違う事があってその想いを伝えられなかった。ある日娘に両班の息子との縁談が持ち上がった時、男の子は報われない恋を自分の心の中にしまう事にしていたの。でもね、女の子は両班の息子との縁談が嫌で、屋敷を逃げ出した・・・・・使用人の息子はきっと手を振りほどいて一緒には逃げてくれないと思っていたけど逃げてくれたの。たった二月だけ2人が夫婦と暮らしていたのだけど、何も苦労をした事のない女の子の荒れた手と、みすぼらしい破れた木綿の着物を着ている姿が不憫で男の子は、女の子に嘘を吐いて親元に行かせたの。男の子は女の子を一生守るつもりでペク家に養子に入り、女の子は両班の息子と結婚。そんな時に女の子は一緒に逃げていた男の子の子供を宿していて・・・・・女の子が生れたらその女の子を養子に出して男の子ならペク家で育てる・・・・・・」
グミは嫁いで来た時に夫の母親から受け取った巻物をハニの手に持たせた。
「その巻物に、悲しい二人の事が書いてあるの・・・・・あまりにも悲しくて私は一度に読めなかったし、ハニさんにいう事はとてもつらい・・・・・二人の名前があなた達と同じでスンジョとハニだから・・・・・」
「お母様・・・・」
「でもね・・・占い師の言った言葉だけを伝えるわ。占いを信じ過ぎた娘の母親が招いた悲劇だ。占いは占いでそうならないようにするためにどうしたらいいのかを助けるだけ。だから私は占い師の出した言葉にすべて従わなかった。遠回りをしたけど、あなたが無事に帰って来たからよかったと思うの。」
「二人は悲しい別れをしたのですか?」
ハニはグミの話を聞いて、自分が親から聞いた話と重なっていることに、もしかしたらスンジョが自分の結ばれるべき相手なのかと思った。
「娘は両班の息子との子供を生んでから女性だけが罹る病気で亡くなったの・・・・まだ20歳にもならないうちに・・・」
やっぱり同じ結末だわ。
お母様に私がスンジョさんの相手と伝えなければ・・・・・
でも・・・どうしてなの
眠いと言うのじゃなくて
力が・・・・・
「ハニさん?眠ったの?」
パタパタと二人の小さな足音がグミの耳に聞こえて来た。
「かあ様!・・・あ・・おばあ様・・・・」
「スンハとスンリ・・・かあ様はお休みになったのよ・・・あら?それは・・・・」
スンハが付けているノリゲと、スンリが付けているソンチェ(扇錘)に気が付いた。
「これはどうしたの?」
「かあ様が私達に下さったの。オ家に伝わる大切なものを双子の私たちが伝えて行くようにって!」
グミは目を閉じているハニの顔を見た。
静かに目を閉じているハニの顔は、巻物に書かれている娘の顔とよく似ている。
「あなたが・・・・・・ペク・ハニの生まれ変わりだったのね。」
偶然にも300年前にペク・ハニが生んだ子供もスンハとスンリと言う女の子と男の子の双子だった。
「また私は伝えられたことを守らずに・・・・・・・・ハニさん、もう苦しくないから・・・・ゆっくりと休んでね。私がこの子達を大切に育てるから。」

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