済州島に帰って来てからのハニはどこか寂しそうで、時々壁に付いている傷の一つを指でなぞり、何かを考えていた。
【ソウルに行こう】
ハニはその言葉を言ってくれなかった。
当然だ。
この島での思い出は沢山あるのだから。
ここで、ハニはスンハを産んで、その時にダニエルの両親と初めて会った。
今住んでいるあの小さな家は、元々の持ち主が偶然にもアンダーソン夫妻が静養するために作った別荘。
オレが知らない間の思い出を、ハニに無理に忘れさせたくない。
ペク家を出たのは、ハニが新しい人生を生きる事に決めたから、ダニエルと過ごした日々はハニの幸せの時間だったのだから。
たった一人の肉親の父親にも言わず、親友のミナやジュリにも言わないで生きていた10年は、オレの知っているハニとしたら、自分の持っている力の何十倍もの努力をしたに違いない。
お世辞にも言えない味だった料理も、見栄えは悪くても不味くはないし、ふたりの子供達に着せている洋服もハニが一針ごと願いを込めて縫っている。
エプロンも、ダイニングテーブルの上のコースターにランチョンマット。
家族が寛ぐソファーのクッションも、ハニが作った物だった。
スンジョはシンクに立ち、荒い物をしているハニの後に行き、その細い身体を両手で抱きしめた。
「ビックリした・・・・どうしたの?」
「ハニ、ここを離れたくないか?」
ビクッと肩が動いた。
はっきりとは離れたくないとは言わなかったが、スンジョがハニの気持ちに気づいていた。
「そんな事は・・・・」
「ハニは嘘が付けないだろ?ここを離れると言っても、この家は人手に渡さなくてもいいし、オレは人手に渡すつもりもない。毎週末に来る事は出来ないが、ハニもハンダイの保養所で働く従業員だから、ウンジョの許可を貰って本社勤務になっても、時々はこっちに来て保養所の手伝いをしたらいいし、月に一度は家族でこの家に帰ってこればいい。」
後ろから廻されたスンジョの腕に、そっと白い手を添えた。
「私ね・・・ハンダイを辞めて、ソウルに戻ろうと決めた。」
辛い決心だとはスンジョは思ったが、ハニが自分に付いて来てくれると知ると嬉しかった。
「仕事を辞めてもいいのか?」
「だって、今までは子供は二人だけだったし、ダニエルが亡くなってこの先の事を考えたら働かないと子供達を大学まで行かせられないと思ったから。スンジョ君の奥さんになったから働くのを止める訳じゃないけど、妊娠して双子が授かった時に、本当は年齢の事もあるけど産もうかどうしようか迷ったの。だって、不器用な私が4人の子供をちゃんと育てられるか不安だったし。」
この妊娠は、予想外な事ではあった。
ちゃんと結婚をしていた訳でもなく、自分らしくなくあの時の流れで先の事も考えずにしてしまった。
リビングのソファーに座り、何を泣いていたのか判らないハニをただ泣き止ませたかっただけ。
「ごめん。」
「謝らないで。今はこの子達をそんな風に思った事を後悔している。私にとって4目の妊娠でも、スンジョ君にとっては初めての子供なのに、ひどい事を考えたと思って謝らないといけないのに。」
スンジョはその時見たハニの頬に流れる涙にキスをした。
ハニが人の妻になり子供の母になって、昔の何も考えずに楽しく生きていたあの頃とは違って随分と強くなっていたが、その中で自分の気持ちを抑える事を覚えた事が愛しく感じた。
「離れるのは悲しいけど、ダニエルと過ごした時間は忘れられない事が沢山あるけど、スンジョ君に付いて行く決心をしたから大丈夫。」
ハニはスンジョの手をそっと外して、ゆっくりと身体の向きを変えた。
大きな目は潤んでいたが、キラキラと高校生の時に見た瞳だった。
抱きしめてキスをしたくなったスンジョは、そのままハニの顔に近づこうとしたが、ハニがそれを止めた。
「子供たちが庭で遊んでいるから、いつ戻って来るのか判らないから。」
それはキスをしているのを見られるのが嫌とかではなく、片付け物を早く済ませたいからだと言う事だと判っていた。

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【ソウルに行こう】
ハニはその言葉を言ってくれなかった。
当然だ。
この島での思い出は沢山あるのだから。
ここで、ハニはスンハを産んで、その時にダニエルの両親と初めて会った。
今住んでいるあの小さな家は、元々の持ち主が偶然にもアンダーソン夫妻が静養するために作った別荘。
オレが知らない間の思い出を、ハニに無理に忘れさせたくない。
ペク家を出たのは、ハニが新しい人生を生きる事に決めたから、ダニエルと過ごした日々はハニの幸せの時間だったのだから。
たった一人の肉親の父親にも言わず、親友のミナやジュリにも言わないで生きていた10年は、オレの知っているハニとしたら、自分の持っている力の何十倍もの努力をしたに違いない。
お世辞にも言えない味だった料理も、見栄えは悪くても不味くはないし、ふたりの子供達に着せている洋服もハニが一針ごと願いを込めて縫っている。
エプロンも、ダイニングテーブルの上のコースターにランチョンマット。
家族が寛ぐソファーのクッションも、ハニが作った物だった。
スンジョはシンクに立ち、荒い物をしているハニの後に行き、その細い身体を両手で抱きしめた。
「ビックリした・・・・どうしたの?」
「ハニ、ここを離れたくないか?」
ビクッと肩が動いた。
はっきりとは離れたくないとは言わなかったが、スンジョがハニの気持ちに気づいていた。
「そんな事は・・・・」
「ハニは嘘が付けないだろ?ここを離れると言っても、この家は人手に渡さなくてもいいし、オレは人手に渡すつもりもない。毎週末に来る事は出来ないが、ハニもハンダイの保養所で働く従業員だから、ウンジョの許可を貰って本社勤務になっても、時々はこっちに来て保養所の手伝いをしたらいいし、月に一度は家族でこの家に帰ってこればいい。」
後ろから廻されたスンジョの腕に、そっと白い手を添えた。
「私ね・・・ハンダイを辞めて、ソウルに戻ろうと決めた。」
辛い決心だとはスンジョは思ったが、ハニが自分に付いて来てくれると知ると嬉しかった。
「仕事を辞めてもいいのか?」
「だって、今までは子供は二人だけだったし、ダニエルが亡くなってこの先の事を考えたら働かないと子供達を大学まで行かせられないと思ったから。スンジョ君の奥さんになったから働くのを止める訳じゃないけど、妊娠して双子が授かった時に、本当は年齢の事もあるけど産もうかどうしようか迷ったの。だって、不器用な私が4人の子供をちゃんと育てられるか不安だったし。」
この妊娠は、予想外な事ではあった。
ちゃんと結婚をしていた訳でもなく、自分らしくなくあの時の流れで先の事も考えずにしてしまった。
リビングのソファーに座り、何を泣いていたのか判らないハニをただ泣き止ませたかっただけ。
「ごめん。」
「謝らないで。今はこの子達をそんな風に思った事を後悔している。私にとって4目の妊娠でも、スンジョ君にとっては初めての子供なのに、ひどい事を考えたと思って謝らないといけないのに。」
スンジョはその時見たハニの頬に流れる涙にキスをした。
ハニが人の妻になり子供の母になって、昔の何も考えずに楽しく生きていたあの頃とは違って随分と強くなっていたが、その中で自分の気持ちを抑える事を覚えた事が愛しく感じた。
「離れるのは悲しいけど、ダニエルと過ごした時間は忘れられない事が沢山あるけど、スンジョ君に付いて行く決心をしたから大丈夫。」
ハニはスンジョの手をそっと外して、ゆっくりと身体の向きを変えた。
大きな目は潤んでいたが、キラキラと高校生の時に見た瞳だった。
抱きしめてキスをしたくなったスンジョは、そのままハニの顔に近づこうとしたが、ハニがそれを止めた。
「子供たちが庭で遊んでいるから、いつ戻って来るのか判らないから。」
それはキスをしているのを見られるのが嫌とかではなく、片付け物を早く済ませたいからだと言う事だと判っていた。

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